多摩地方と秩父方面を結ぶ街道沿いにある。この峠の歴史は古くその昔は成木の方で採れた石灰などを運ぶのに使用されたらしい。そんなわけで山越えの徒歩ルートに、車両通行への対応を果たした「明治トンネル」、車社会への対応をした「昭和トンネル」、そしてヘアピンカーブの解消を果たした「平成トンネル」が、より集まっている。標高があるわけでも無いこじんまりとしてところではあるが、峠の変遷を研究する上ではとても面白いところかもしれない。
明治トンネルは山肌に沿って上っていってトンネルに入っていたものを、昭和トンネルでは直接トンネルに入るような形に改良されたものの、青梅側と成木側との標高差をヘアピンカーブで解消したために成木側では山肌に沿ってヘアピンカーブの勾配を描く道路となってしまい、防災上及び線形上で問題が残った。そして3次改築道路とも言える平成トンネルでは長大トンネルによって青梅側、成木側ともに直接トンネルに出入りするようになり、標高差はトンネル内の青梅から成木方面にかけての下り片勾配で解消した。とくにこの道路は成木地区の採石場からのダンプの通行が多いため、トンネル内にはジェットファンが設備されて絶え間無く換気している。いついっても甲高いブロアー音が響き渡っているところである。新トンネルの供用は平成に入ってからであるが、そんなに古いわけではなさそうである。
なお、本来ならば成木側の道路にもいくところであるが、前回訪れたときにトンネル坑口手前の電柱に「幽霊出る」などというおどろ恐ろしいものを見てしまい、どうも行く気になれないでいる。ここを自転車で越えた方がいらっしゃるがとても勇気のいる事ではないだろうかなどと考えてしまう。前回のときは電柱に電線がつながっていたように思うが、今回見てみたら途中で切れているところがあった。もう配電していないのであろうか。
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 ”A地点より新道、旧道を見る” 黒沢側はトンネル坑口がほぼ並んでいる。左手前が新トンネルで、右奥に見えるのが旧トンネルである。さらに一段上行くのは旧々道である。旧々道沿いには人家がある。この写真を撮ったときは旧道のゲートが開いていたので、そこに車をデポした。なお閉められたらいやなのでその先には進んでいない。トンネル内が片勾配なので、トラックの排気ガスがひどく煙っている(5分もしないうちに奇麗になった。ジェットファンの威力であろうか。)。 |
 ”B地点より旧道分岐を見る” やはり路肩は大きく荒れているものの、真ん中1車線分はおよそ奇麗である。まれに通行があるためであろう。しかし一度供用停止すると路肩が荒れ始めて、昔の面影が消えてしまう。こんなところですれ違いが出来たのかなんて疑問も起きる。 |
 ”吹上隧道黒沢(東青梅駅方)側坑口” 煉瓦造りと言うわけではないが、なかなかこったデザインの坑口だ。なおトンネル上部の銘板は左書きである。大きさとかみても昭和30年代に掘られたのではないかと思う。この前に訪れたときにはトンネル内の照明は3つぐらい点いていたような気がしたが今回は成木側の一つだけになっていた。
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明治トンネルを調査に行ったら(2000/03/23)、なんと旧隧道(昭和トンネル)では照明工事をしていた。そのまま放置されていたわけではなく、一応管理されている道路のようである。最初に来たときは、ゲートがある上に、ナトリウムランプが3つぐらいだけ灯っていて、また金具が外れて灯具がぶら下がっていたりする姿は「不気味」の何者以外でもなかったが、とうとう点灯しているのが1つだけになったので、設備の更新をするようである。なにか少しだけ、どこか知れないこの隧道に対する怖さが減った。
しかしながら最初は坑口を塞ぐ工事でもしているのかと思った。この工事が終わった後にもどうなるか見に来てみたい。 |
 ”工事中の坑口” 上の写真で照明のための配線の白パイプがお分かり頂けると思うが、黒い新しいパイプになっているのがお分かり頂けるだろうか。 |
 ”旧道分岐点の工事看板” 工事件名は「トンネル照明改修工事」である。また工事場所がなんと「主要地方道青梅秩父線」となっている。最近の地形図からも消滅してしまった道路であるが、一応都道53号線として管理されているようだ。 |
というわけで4月も半ば工事も終わった事だろうと思い、行ってみました。見事トンネルの照明は奇麗に直ってました。またゲートは今回も外されていました。相変わらず成木側のゲートは閉まりっぱなしであり、旧道上の林道へはこちらから入っているのでしょうか。(2000/04/20) |
 ”装いも新たに?吹上隧道黒沢側坑口” |
 ”銘板” |
 ”新しくなった配電盤” |
 ”見事に復活した照明” 若干明かりが暗いような気もするが、真ん中に一列のランプは安心感がある。写真のように適度な間隔で配置してある。 |
 ”ゲート横の看板” たしかに車の通行に支障があるとは書いてあるものの、それ以外についてはどこにも何も書いていない。ある意味まだまだ現役の道路なのかもしれない。 |
 ”C地点旧々道分岐” よっぽど知っていなければそれが旧々道とは思いにくい。なお、「この先通行止め」という看板がたっている。 |
 ”A地点付近の旧々道から黒沢方面” 右下に見えているのは新吹上トンネルの電気室、すなわち旧道分岐点である。写真のように旧々道は山の山腹に沿って緩やかに上る典型的な馬車道と言えるかもしれない。 |
 ”吹上隧道坑口上より旧道を見る” 左に旧々道にある人家が見える。 |
 ”突然ダート道になる” その人家の先から急にダート道になる。この先どこまで行けるか不安になる。 |
 ”ガリーに掘られた路” 結局、吹上隧道の坑口上のところからガリーに掘られてしまい、車では近づけない。写真奥のところに何か見えるのは廃屋である。旧々道には2件の人家があったようだが、今は1件となってしまい、明治トンネルが閉鎖されているので、道が荒れているのだ。 |
 ”D地点「明治トンネル」” 上の写真のカーブの先に坑口がある。しかし、木が鬱蒼としており、非常に薄気味悪い。だいぶ明るい写真になったが、実際にそこに立ってみると非常に薄暗い。 |
 ”旧吹上隧道黒沢側坑口” 明治後半のトンネルであるが、立派なポータルをしている。銘板のたぐいは見当たらなかった。またフェンスで閉鎖されているが、誰かが壊して通りぬけれるようになっている。いかにも明治のトンネルと言うようなトンネルだ。 |
 ”朽ちていく坑口” 雨が降り、それが流れとなり、ポータルもまた流れに侵食されてどんどん朽ちていく。 |
 ”銘板” 延長 604m 巾 7.0m 高さ 4.7m 1989年10月竣功 |
 ”E地点旧道分岐” 旧道は急カーブの先に交差点があると言うあまり好ましくない線形だ。 |
 ”E地点ゲートの先” こちらも荒れてはいない。また落石対策上なのか良く分からないが道の真ん中にガードレールみたいのが並んでいる。また道路工事事務所の物置のようにも使われていたと思った。なお上の方に見えている白い線(ガードレール)は、ヘアピンカーブを曲がってきたところである。 |
 ”新吹上トンネル成木側坑口” 坑口上に旧道が見える。旧道は写真のカーブを越えたところで明治トンネルへの道(現在では、けもの道同様)を分けてほどなく吹上隧道に達する。 |