| 区間 | : | 山梨県道志村〜山梨県山中湖村 |
| 更新 | : | 2000/03/05 |
| 通行可否 | : | トンネルは閉鎖。アプローチ区間も分断されており車での進入は不可。山中湖村側には旧トンネル手前に休業中のドライブインがあるが、旧道分岐点で岩などでバリケードされている。 |
| 調査日 | : | 2000年02月 |
| 管理状況 | : | 距離が短いながらも、まだ道の痕跡を多く残している。が、くたびれている。なお、山中湖村側の旧隧道は倉庫に転用されている上、御正体山や東海自然歩道への登山道があるため刈り払いなどが行われているようだ。 |
| コメント | : | なにか休業中のドライブインの建物が非常に侘びしく感じさせる。 |
| 道志村と山中湖村を結ぶ隧道である。しかし、この近辺は似たような峠道(雛鶴峠、道坂峠)が多い。今も現役、自然に環った道、倉庫になった道。3者3様。まったくちがう供用停止後の姿がなにか面白い。そんな山伏峠は倉庫になったようである。以前に通ったときにトンネル手前に古びたセンターラインの残る道が分かれるのを見つけていつか行きたいと思っていた。この道も地図には載っていないようである。実際に行ってみたら、あまり見ない個性的なポータルをしていた。 | |
![]() ”A地点より旧隧道坑口方面(B地点)を見る” 道志村側の坑口を見ているのだが、はたしてあるのかわからない。雪がかぶさっていたために近づけなかったが、もしかしたら坑口は封鎖されているのかもしれない。 | |
![]() ”B地点よりA地点方面を見る” アプローチ部分は完全に分断されている。途中で切れているセンターラインが何か空しい。なおお花畑か何かになっているようである。なお、現道時代にも線形的に問題点はなさそうだ。 | |
![]() ”山伏トンネル道志側坑口” こちらがわは尾根(と言えるか分からないが)を境に隣り合っている。写真の左側の向こう側も谷状になっていてすぐに旧隧道にいたる。 | |
![]() ”山伏トンネル山中湖側坑口” 線形改良効果はこちらの方がはるかに大きい。ヘアピンカーブの先っちょのところから直接トンネルに入るような感じである。そのためか、山を削ったためにまわりがコンクリート吹き付けになっている。上部の銘板は山梨県知事の銘であるようだ。 | |
![]() ”山伏トンネル銘板” 1982年3月延長:170m 巾:7.5m 高さ:4.5m | |
![]() ”D地点旧道分岐” 左端に見えているのはトンネル坑口である。旧道分岐点より、現道時代はヘアピンカーブであったことがわかる。なお、車が見えているがどうやら山登りに行っている人の車のようだ。ここも旧隧道坑口のところより登山道が分かれている。 | |
![]() ”山伏隧道山中湖側坑口” 写真のように何かの倉庫に転用されているようだ。作りからして神社仏閣みたいな感じであるが・・・・。なおポータルは何か新鮮味のあるデザインだ。しかし、この幅員では完全に交互通行であったであろうから、この部分は大きなネックになっていた事は間違い無いと思われる。しかし、なんとなく坑口のデザインと扉が一体化してしまったような感じで、現道時代があまり思い浮かばない。 | |
![]() ”右書きの扁額” ただ「山伏」とだけ書かれた銘板だ。隣りにあるのはこの銘板を彫った人物だろうか? | |
![]() ”御正体山への登山道” 旧トンネル手前は休業中のドライブインになっているが、その敷地中程から登山道が分岐している。写真のように刈り払いされており、きちんと管理されているようだ。鳥居があるが、この先に神社があるのだろうか。 | |
![]() ”休業ドライブイン玄関前の扁額” あのトンネル上の銘板は分かり難かったのだが、なにげなくドライブインの建物を見ていたら、どで〜んと鎮座していた。一瞬何か分からなかったが、そうトンネル上部の銘板である。おそらく道志村側坑口にあったものを持ってきたのであろう。間近で見ると大きい。左には「政友会総裁」そして人物名とあるように見える。このトンネル竣功に大きな働きをした人物なのだろうか。 | |
![]() ”C地点旧隧道とドライブイン” 右端にドライブインの玄関があり、そのわきから登山道が分かれている。 | |
![]() ”C地点よりD地点を見る” 旧トンネルと新道は大きく離れていないのが分かる。なにか色褪せたセンターラインが侘びしい。なお、写真のように分岐点のところで大きな石や廃看板などで塞いである。しかし路肩などは刈り払いしているのであろうか。とてもきれいだ。 | |
![]() ”D地点の看板” |
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